PHYSICAL THEATER FESTIVAL
フィ ジ カ ル シ ア タ ー フェ ス ティ バ ル

第7回フィジカルシアターフェスティバル
2006年10月4日〜9日

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今年は、インドネシア・韓国・ロシアの参加により開催いたします

インドネシア・・・Studio Taksu
韓国・・・Visual Theater Company/TheFlower
ロシア・・・blackSKYwhite
日本・・・マキガミックテアトリック 超歌唱オペラ
ARICA
ストアハウスカンパニー


お楽しみに!
ご来場をお待ちしております。

今年もボランティアスタッフのみなさまの
お手伝いをお願いします!
通訳・お料理・会場等、1日でも良いです
ご協力、お願いします

 このフェスティバルは、21世紀に向けて、
今後の現代演劇の可能性を
その身体性に関わる問題を軸に模索するために開催されます。
私たちの身体は、好むと好まざるとに関わらず、身体のよって立つ場所によって、その現れ方を異にします。言葉を変えると、私たちは異なった身体の現れ方によって、国家や民族や文化の相違を知ることができるとも言えます。
 ところで、現代演劇は国家や民族あるいは文化という枠組の申で、普遍的な人間の在り方を探してきたと考えられます。そのために、演劇は国家や民族あるいは文化といった枠組を支える共同体の内側に潜む様々な問題を あぶり出してきました。つまり、演劇の仕事は共同体に生きる人間を肯定的にあるいは否定的に描くことで、普遍的な人間像を予感させることでした。
 現在、国家や民族また文化の枠組が、大きくその形を変えつつあります。またさまざまな意味や価値の境界が 暖昧になりつつあります。頼るぺき思想も物語も言葉もないまま不安感だけが時代の閉塞感とともに大きくなっていくような気がします。演劇もまたそうした世界の動きの中にあります。
 今、演劇にできることはその現実を直視することではないでしょうか。
 つまり自らが拠って立つ共同体そのもののあり方を、また演劇そのもののあり方を見つめ続けることです。新しい共同体を作り出したり、新しい枠組みを作り出したりするのではなく、暖昧な境界の中にその身体を立たせてみることです。今―度、人間が人間を見るという演劇の原点に立ち返り、舞台上で演技という枠組みで行なわれている人間の営みに希望も持たず、絶望もせずに、その身体に刻まれた何者かを自らの言葉で読み解くことです。
 私は、国家や民族あるいは文化といった枠組は人間の存在にとって不可避であると考えています。またその枠 組は演劇も含めてすべて人間の作り出した幻想だと考えています。
 つまり当たり前のことですが、演劇における身体もまた幻想なのです。
 そしてその幻想性は、人間が人間を見るという欲望の装置である演劇にとっては必要不可欠なものです。しか しその幻想性にあらかじめ意味や価値を与えるのではなく、つまりその幻想性を安易に肯定することも否定する こともなく、しっかりと見つめ続けることが今演劇に与えられている課題なのだと考えています。
 そのために、フィジカルシアターフェステイパルは、演劇を、幻想の身体と身体が出会う場所として捉え、曖昧な境界の中に立った身体が不可避的にはらんでしまう幻想性に関して思考することを目的とします。
フィジカルシアターフェステイパル実行委員長  木 村 真 悟
 

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