頭寒足熱2001

2001.5.23

 最近、久しぶりに小屋を訪ねてきたMが、「でもさ、芝居って面白いの」といつものようにぼやき始める。これは困ったことになったと思いながらも、下手なことを言い返すと話が長くなりそうなので、適当に相槌を打ってごまかそうと思っていたらその日のMは相当にしつこい。
「だってさ、結局お芝居なんてのはさ、自己満足にすぎないわけだろう。」
その言葉に思わず切れてしまった僕は、自己満足で何がいけないんだと言い返してしまったから、さあ大変。Mのぼやきはとどまるところをしらない勢いでさらに続く。
「いいんだったらいいよ。でもさ、だったら、何で客を呼ぶの。自己満足でいいんだったら、客なんか呼ぶ必要なんかないんじゃないの。」
確かにMのいうことには筋が通っている。もちろん僕は、自己満足もできないようでは客の前に見せることなんかできないというつもりだったのだが、Mはそんなことはどうでもいいとばかりに、
「結局さ、客をなめているんだよね。自分たちを受け入れてくれるかどうかが基準なわけだろう。受け入れてくれる客はいい客で、受け入れてくれない客は悪い客なんだよ。そんなところで、良かったとか悪かったとか言ってたってしょうがないと思うよ、俺は。」
Mの職業は、実演販売士である。日本全国を移動しながら、化粧品やら、包丁やら、まな板やらを売ることで生計を立てている。
「だいたいね、客をなめたら売れるもんも売れないよ。食いつきのいい客、ひやかしの客、どうでもいい客、そこんところがわかんないやつはさ、結局何をやったってだめなんじゃないの。」
Mとの付き合いはもうかれこれ20年になる。20年前に、そのころから日本一の実演販売士になることを夢みていたMは、話術を研究するために小劇場演劇を見始めたといっているのだが、そこのところはどうも怪しい。だいたい僕はMが実演販売をしている現場を一度も見たことがない。
ともかく、20年前に下北沢の劇場で、芝居って面白いのと不意にMに話しかけられて以来、Mは忘れたころに僕のもとにやってきては、ぼやき続けている。
「俺さ、このごろさ、ちょっと自信がないんだよね。なんか客の前でしゃべれなくなったっていうか、この前なんか、急にどうでも良くなって、止めたくなってしまってさ途中で。まあ何とかごまかしたんだけど。何で最後までやれたかっていうとさ、いるんだよね、最後まで聞いてくれてるやつがさ。」
Mも最近は相当に疲れているらしい。最後まで聞いてくれる客よりも、途中で帰ってしまった客のことを考えることのほうが大事なんじゃないのと言い返してやろうと思っていたら、Mはにやりと笑いながら、
「まあ、客に同情されるようになったらおしまいだけどね、包丁が切れようが、まな板がスライドしようが、そんなことはどうだっていいんだよ。まあともかく俺のいいたいことは、客がいないことには売れるもんも売れないってことだよ。」
酒が回ってきたのか妙に元気になって、ストアハウスを去っていくMの後姿を見ながら、どうして僕は自己満足で何がいけないんだと叫んでしまったのかがよく解からなくなってしまい、もう一度自己満足で何がいけないんだと叫んでしまったのだが、そこの所はよくわからないままである。

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