頭寒足熱2000

あっという間に2000年である。
何はともあれ2000年である。
めでためでたの2000年である。
フ-と大きく深呼吸すると、あたり一面、何も変わらぬ2000年である。

 ところで、最近どこの小屋でも観客が減っているらしい。減っているどころではなくこのままいくと2001年にはあまりの観客不 足に東京中の芝居小屋は閉館を余儀なくされるであろうと江古田の占い師が いっていたと、いつも用もないのに事務所にやってきては、がぶがぶとビ- ルを飲みながら、ア-でない、こうでもないと酔い潰れて寝てしまうまで好き勝手なことをいい続けるT君が、余りに真顔で言うので、「そうかそれは 大変だよね」と答えたのがウンのつき。

 いつにも増して、彼の口調はきつくなる一方である。おいおいそんな悠長なことをいっている場合じゃないと思うよ。おまえさん は仮にも芝居小屋を生業にしている身だよ。もうちょっと真剣に考えなくっ ちゃいけないよ。ここだけの話だけどね、今時はどこの小屋でも、アルバイ トで観客を仕込んでるっていう噂だぜ。早いうちに手を打っておかないと、 おまえさんとこだって気がついたときには後の祭りだぜ。考えてもみろよ、 客席に人っ子一人いやしないんだぜ。

 「まさか、そんな一人もいないなんてことは」
 彼の推測によると、東京の大半の劇場はアルバイト観客の導入に踏み切っ ているらしい。彼は具体的に数字を挙げてどこどこの小屋はナンパ-セント と、観客席に占めるアルバイトの観客の割合を言い始めた。

 「でもそんなことして本当の観客が一人もいなくなっちゃたら結局は同じことなんじゃないですか」

 それがよ、そうでもないらしいんだな。アルバイトも真剣になっちまうって言うか、なんて言うか、ちょっとすると本物と見分けがつかなくなってしまうらしいんだ。この前なんかよ。俺の知っている俳優が芝居が終わってお客さんに声をかけられたらしいんだけど、ほらよくあるだろう身内の観客が芝居とは関係なしに当たり障りないことをいって、にこっと笑って良かったよっていうあれ。それだったらしいんだけど、どう考えてもそんな身内はいないらしいんだよ。だからまあ、そいつはアルバイトに違いないんだが、二度三度続くともう本当の身内とほとんど区別が着かなくなってしまうって言うか、身内になってしまうって言うか・・・

 更に彼が続けるところによると、アルバイトにもランクがあるらしく、怒る客は割と簡単らしく、それよりは難しいのは褒める客で、一番難しいのは身内の客らしいとのことである。また芝居小屋として注意を払わなくてはいけないのはそれぞれの観客の割合で、演目ごとに観客のバランスを考えないと、芝居小屋はそれらしく見えないのだそうである。 だからまあ、こういったご時世だからね、アルバイトも多少はしょうがないとは思うよ。だけどアルバイトはアルバイトらしくいいかげんじゃなくっちゃいけないよ。アルバイトが本物に見えたんじゃ、本物の客がどうしていいのかわからない。 彼は深く溜め息を吐いた。 何はともあれストアハウスはその経済的事情から、アルバイト導入は所詮無理である。ここが人生の正念場と、今年行われるであろう60本あまりの芝居を最後の観客になる覚悟で、全て見ることを決意したのでありました。

ページのトップへ戻る