アンドエンドレスを斬る

01/1月

 誰かを好きになると、その人のことが全部知りたくなる。そして全部知り尽くすと飽きてくる。
どうでもよくなる。
 反対に誰かを嫌いになると、なぜ嫌いにになったのかが気になる。夜も眠れない。
 というわけで僕はこの頃夜も眠れない。
 それはアンドエンドレスが嫌いになったからだ。
 というのも最近のアンドエンドレスの芝居を見ていて一番強く感じるのは、アンドエンドレスは僕みたいな40歳を過ぎたおじさんなんか相手にしていないような気がするからだ。
 客席では若い女の子が笑っている。泣いている。
 僕はどうしても笑うことができず、泣くことができずにいると、隣に座っていた女の子がハンカチを差し出すので鼻をかんでしまったら、その女の子に思いっきり殴られてしまった。
 僕は本当はとっても淋しがり屋なので、本当はもっともっと相手にしていだだきたいのです。
 相手にしていただけるのならば、帽子をかぶって、マスクをして、それとはわからないように客席に忍び込み、思いっきり拍手をしてみたいと思っているのです。
 というわけで変装をして誰にも気づかれないようにアンドエンドレスの芝居を見に行った僕は、やはりファンの女の子に取り囲まれてしまい、ぼこぼこにされてしまったのでありました。
 さて、アンドエンドレスの芝居は基本的には人間の小ささを見つめているのだと思う。
 人間の小ささを小ささのままに描くために、大きな物語を彼らは必要としているに違いない。
 歴史という大きな物語に翻弄されながらも、ひたむきに今を生きようとする若者の姿はやはり美しいのだと思う。そのためには観客を忘れるぐらいに、舞台に立つ自分自身にこだわってほしいと切に思う。
 旗揚げ当時のあなたたちの真摯な姿を思い出の1ページにしないためにも、僕も自分のことをおじさんなどとは言わずに、まして変装などせずに、客席に座りつづけようと思う。

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